事件の一部始終があった日の夜、珍しくチャイムが鳴ったので出ると、探偵が立っていた。
探偵の家はすぐ近くだったが、うちへ訪ねてくるのは初めてだった。
彼は特に用はないと言ったが、腹を空かせているようだった。
そう指摘すると彼は頷いて何かありますかと言った。
ちょうどお湯を沸かしたところだったので、私は彼を家に入れた。
家にはケーキがひとかけあった。今日食べる分だったのだが、死人を初めて見たことの動揺と興奮で食べる気になれずどうしようかと思っていたところだった。
探偵はていねいに礼を言い、私が促した席に腰掛けた。
「今日は本当にありがとうございました」
台所で準備をする私に向かって彼は言った。
「あなたが居てくれたおかげでなんとか解決できました」
「居ただけですよ」
私は食器類をテーブルに持っていき、二つのカップに紅茶を注いだ。
「いえ、見事な推理でした」
彼は私を見て屈託なく笑った。
私は思わず目をそらして席についた。
しばらく沈黙があった。
私が時折カップに口をつける、彼は機嫌よさそうに真似をする、そんな風に時が過ぎた。
「…どうして手伝ってくれたんですか?」
急にそう言うと彼はケーキを頬張った。
貧困や事件での動揺を一切見せない不器用ながらどこか優雅な手つきだった。
「あなたが頼んできたんでしょう」
その手を目で追いながら私は言った。
「そうですけど」
彼は一口を飲み込むと、フォークの先を唇にあてて私を見つめた。
「とてもそんなお人好しには見えないんです」
私は驚いて、思わずその目を見つめ返した。
「…どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
沈黙を避けるため、私はそれ程減っていない彼のカップに紅茶を注いだ。
ついでに自分のにも注いで、座り直し一息つく。
「…退屈だったんですよ」
ただ息を吐くだけのつもりが、思わず言葉が零れた。
口火を切ってしまうと、自然に言葉を紡いでいく。
「優雅に見えるかもしれませんが、実際は孤独で単調な生活です。しかも周りの人間はそんな生活に満足するばかりで、つまらなかった」
「…それで、こんな出来事を心の内で望んでいた?」
視線を上げると、彼と目が合う。
彼は頬杖をつきながら機嫌よさそうにしていた。
私は苦笑した。
「…少し喋りすぎましたね」
そしてカップに口をつけた。
「僕の方はこれでけっこう楽しいですよ」
彼はふざけてすました顔をして紅茶をスプーンでかき混ぜた。
「だからたまに手伝ってくださいね、Mr.ワイミー」
それからまたこうしてケーキを恵んでください、と言って彼は笑った。
それは困ると言いながら、私は好きなケーキ屋の話をした。
PR